名前:流亡美
誕生日:10月26日
メールアドレス:
yapparusk@yahoo.co.jp
一言: 日本を代表する「愛と誠」ファンを目指す、昭和40年生まれの男。
小学2年生のときに、子供会の廃品回収に出された「少年マガジン」で「愛と誠」の存在を知る。
小学校3年生のときにテレビで「愛と誠」を見て、夏夕介さんに惚れる。
小学5年生で本屋のおやじに嫌がられながらも、「愛と誠」の単行本を一部除いて読破。その「一部」とは、座生権太の早乙女家襲撃から、誠との屋上での決闘の場面。
大学進学のために上京し、神保町で「愛と誠」の単行本全巻をついに手にいれ、全ストーリーを知る。
会社に入り、30代の大部分をアメリカ駐在で過ごす。アメリカにも「愛と誠」の単行本はしっかりもっていったばかりか、買い物に行ったシカゴで、愛と誠文庫版を購入し、「愛と誠」ライフを満喫する。
帰国後の2006年、ケーブルテレビの「チャンネルNECO」で「純愛山河 愛と誠」を再放送することを知り、地元のケーブル局と契約。その少し前にこのブログを開始。
HNの「流亡美」は「りゅぼうび」と読む。学生時代にかじったロシア語で、「愛」という意味。

非常に残念です!視続けたいのに・・・。
“休止”といえば、「愛と誠」の原作が「少年マガジン」に連載されていたリアル・タイムで“連載休止”になった事がありました。
その場面は、緋桜団によって花園の授業ジャックが敢行され、砂土谷峻の鞭に倒れた誠に対し愛が接吻を強要されていたシーンを教室から連れて来られた岩清水弘が目撃した所から始まります。
周知の如く岩清水は、激昂し、消化器を手にし消火液を緋桜団の団員そして砂土谷に打ちまけるわけですが、消火液が切れてしまった後に緋桜団の団員が反撃しようとした所を誠が足をはらってナイフを取り上げ、鞭で縛った砂土谷に突きつけた箇所で連載が休止されました。
その理由は、ながやす巧さんが体調を崩されたからであります。
自分は、既述しましたように「少年チャンピオン」を購読していましたので、「少年マガジン」を購読していた友人の家で見せてもらいました。
単行本でいえば第12巻の94ページです。
いつ連載が再開されたかは確認しませんでしたが、自分の手元にある単行本の奥付けを確認してみると第1刷発行が、昭和50年10月5日になっています。「少年マガジン」でそのシーンを読んだのはその年の6月か7月位だったと思いますので、そんなに長く中断されてなかったと思われます。
ちなみに自分が所有している第12巻は昭和55年11月15日発行の第13刷のものであります。
また、よろしくお願い致します!
こんにちは。
「ファミ劇」の放送が休止・・・?ですか。
純愛山河 愛と誠もいろいろな理由で放送が休止になったので、なんとなく不吉な感じもしますね。
少年マガジン連載中の休載事件、私もおぼろげに聞いたことがある記憶がありますが、今回はっきりと知ることができました。ありがとうございます。
そうですよね、あれだけの細かい仕事を一人でなさっていたのですから、休載が短期間でしかなかったというのは、むしろながやす先生、すごい頑張りだったと思います。